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青森地方裁判所 昭和59年(行ウ)4号 判決

原告 三上義美

被告 青森税務署長

代理人 佐藤崇 佐々木運悦 斎藤浩 ほか三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年二月二三日付でした原告の同五三年分以降の所得税にかかる青色申告承認の取消処分を取消す。

2  被告が昭和五七年二月二六日付でした原告の同五三年分、同五四年分及び同五五年分の所得税にかかる各更正処分のうち、総所得金額が同五三年分については二八九万五八一三円、同五四年分については三九四万七〇五五円、同五五年分については五二六万〇〇一六円をそれぞれ超える部分及び同五四年分の過少申告加算税の賦課決定(ただし、異議決定により一部取消された後のもの)をいずれも取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、電気器具小売業を営む者であるが、昭和五三年、同五四年及び同五五年の各年分(以下「係争年分」という。)の所得税について、いわゆる青色申告の方式により、法定期限内に別表(一)記載のとおり確定申告したところ、被告は同五七年二月二三日付で同五三年分以降の青色申告承認の取消処分(以下「本件青申取消処分」という。)をし、さらに同年二月二六日付で同表記載のとおり右各年分の更正(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。

2(一)  そこで、原告は、昭和五七年四月二三日、本件青申取消処分を不服として、被告に対し異議の申立をしたところ、被告は同年七月一〇日付で棄却の決定をした。

(二)  また、原告は、昭和五七年四月二六日、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を不服として、被告に対し異議の申立をしたところ、被告は同年七月一〇日付で別表(一)記載のとおり決定をした。

3  そのため、原告は、昭和五七年八月一〇日、さらに本件青申取消、各更正処分及び同五四年分の賦課決定を不服として、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は同五九年一月三〇日付で棄却の裁決をし、右裁決書謄本を同年二月八日に原告に送達した。

4  しかしながら、被告がした本件青申取消処分は、被告の右処分に先立つ調査において調査の理由及びその開示がなく、また原告において青色申告者が備えるべき帳簿書類を備えてこれを提示したにもかかわらず行われたのであるから違法である。

5  さらに、被告がした本件各更正処分は、いずれも原告の所得を過大に認定した違法があり、したがつてまた、昭和五四年分の更正処分を前提とした同年分の賦課決定も違法である。

よつて、原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおり判決を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認め、同4、5の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件青申取消、各更正及び賦課決定処分に至る経緯

(一) 被告は、原告の所得税について調査を長期間実施したことがなかつたことから、係争年分の申告所得金額が適正であるか否かについて調査の必要があると判断し、調査担当係官(以下「被告係官」という。)に対してその調査を命じた。

(二) そこで、被告係官は、昭和五六年八月二五日、原告方に臨店し、原告に対して「係争年分の所得税について申告所得金額が正しいかどうかを調査するため臨店した。」旨告げたうえ、所得計算に必要な帳簿書類等の提示を求めたが、原告は「申告所得金額が正しいかどうかという理由だけでは納得できない。もつと具体的な調査理由がなければ調査に応じられない。具体的な理由がないというのなら私以外の家庭電気器具販売店全部を調査した後で調査に応ずる。」等と発言し、全く調査に協力しなかつた。

(三) その後、被告係官は、昭和五六年九月九日、同月一六日、同年一一月四日にそれぞれ原告方に臨店し、原告に対して重ねて調査に協力するよう要請して帳簿書類の提示を求めたところ、原告はいずれの場合も被告係官が示した調査理由では納得できないとして調査を拒否し、帳簿書類等の提示をしないだけでなく、被告係官の質問に対しても一切答えようとしなかつた。そして、右九月一六日に、被告係官は原告に対して「税金・申告と調査」と題するリーフレツトを手渡し、青色申告者が青色申告に係る帳簿書類を正当な理由がなく提示しない場合は青色申告の承認が取消される旨を説明した。

(四) 更に、被告は、昭和五七年一月二〇日付で「帳簿書類の提示について」と題する文書を原告に送達し、青色申告者は所得税法一四八条一項の規定により関係帳簿書類を備付け、記録し、かつ、保存しなければならない義務があること、これに反するときは所得税法一五〇条一項の規定により青色申告の承認が取消されることを教示したうえ、帳簿書類を提示して調査に協力されたい旨要請した。

そして、右文書送達後の同年二月一七日、被告係官は原告方に臨店し、原告に帳簿書類の提示を重ねて要請したところ、原告は民主商工会員(以下「民商会員」という。)三名を立会わせ、帳簿を保管してある箱を示したり、帳簿を右係官の前でパラパラとめくつて見せただけで、帳簿書類の内容を確認させず、「この帳簿は自分の財産だから他人には見せることはできない。」等と発言し、被告係官の調査に全く協力しようとせず、帳簿書類を提示しなかつた。

(五) 以上のような次第で、被告は、原告が被告の再三にわたる調査に対し非協力的な態度をとり続けたことは、所得税法一四八条に規定する青色申告者の帳簿書類の備付け等が行われていないことになるから、同法一五〇条一項一号に該当するとして、請求原因1のとおり本件青申取消処分をし、その旨を原告に通知した。

その後の経緯は、請求原因1ないし3のとおりである。

2(一)  所得税法一四八条所定の帳簿書類の備付け、保管等とは、税務職員が必要に応じていつでも閲覧しうる状態にしておくことを意味するが、本件において、原告が被告係官の再三の要求にもかかわらず、帳簿書類の提示をしなかつたことは前記1のとおりであるから、同法一五〇条一項一号に基づいて本件青申取消処分をした被告の行為は適法である。

(二)  所得税法二三四条一項にいう質問検査権の行使は、適正な申告を担保し課税の公平適正な運用を図るためその行使が必要である場合に常になしうるのであり、また実施の日時場所及びその事前通知並びに調査の理由及び必要性についての個別的、具体的な告知は、法律上の要件とされているものではないのであるから、それがなくても本件調査について原告主張のごとき違法は存しない。

(三)  国税通則法二四条による本件調査は、更正処分に論理上もしくは事実上先行する行為ではあるが、更正処分の手続的な適法要件ではなく、調査の違法が直ちに更正処分の違法をもたらすものではない。

3  原告の係争年分の総所得金額

被告は、前記1のとおり帳簿書類等の提示及び調査に対する原告の協力が全く得られなかつたことから、実額による計算が不可能と判断し、やむを得ず同業者比率法及び資産負債増減法によつて原告の総所得金額を推計した。

(一) 同業者比率法による推計

(1) 算出所得金額

(ア) 被告が原告の取引先調査等によつて算出した係争年分の仕入金額は、昭和五三年分四二九八万二八七七円、同五四年分五三四八万四六六七円、同五五年分四六五八万六七五八円であり、その内訳は別表(二)記載のとおりである。

(イ) 係争年分の売上原価の額は、別表(三)記載のとおり、前記(ア)の仕入金額に原告の決算額による年初の棚卸高を加算し、年末の棚卸高を減算した金額であり、昭和五三年分四三八五万九八四二円、同五四年分五二五五万九〇七七円、同五五年分四五七九万二六三三円である。

(ウ) 係争年分の売上(収入)金額は、右売上原価に類似同業者の係争年分の平均売上原価率(売上原価の額を雑収入金額を除いた売上金額で除した割合、以下同じ。)を乗じた額であり、別表(四)〈C〉欄記載のとおりとなる。

(エ) 右売上金額に別表(五)記載の原告の売上割戻し等の雑収入金額を加算して総売上(収入)金額を算出し、それに類似同業者の係争年分の平均算出所得率〔算出所得金額を売上(収入)金額で除した割合、以下同じ。〕を乗じて算出所得金額〔売上(収入)金額から、売上原価及び経費の額のうち、個別性の強い支払利子・割引料、建物減価償却費、地代家賃及び貸倒金を除いた経費との合計額を差引いた後の金額、以下同じ。〕を算出すると、別表(四)記載のとおりとなる。

(2) 支払利子・割引料、建物減価償却費及び地代家賃

被告の主張額と原告の決算額を対比すると、別表(六)記載のとおりとなり、支払利子・割引料の内訳は別表(七)記載のとおりである。

(3) 事業専従者に係る必要経費と貸倒引当金及び価格変動準備金の額

(ア) 事業専従者に係る必要経費とみなされる額

原告は、前記1(五)のとおり、本件青申取消処分を受け、原告が確定申告において必要経費に算入した原告の妻三上照子に係る青色事業専従者としての給与額(以下「青色事業専従者給与額」という。)も取消されたので、事業専従者としての控除額各四〇万円(以下「事業専従者控除額」という。)だけが係争年分の必要経費となる。

(イ) 貸倒引当金及び価格変動備準金の額

原告が青色申告の特典として昭和五二年分の必要経費に算入した貸倒引当金の額二五万八〇〇〇円及び価格変動準備金の額一六万三〇〇〇円は、所得税法五二条二項及び租税特別措置法一九条二項により同五三年分の総収入金額に算入されることとなる。

(4) 以上の結果、原告の係争年分の事業所得金額は、昭和五三年分五〇二万七五九五円、同五四年分六五二万五三六七円、同五五年分六二八万八五九五円となり、別表(九)記載の青森県信用組合浪打支店及び同小湊支店に預入れた原告の定期積立金に対する給付補てん金を加算すると、原告の係争年分の総所得金額は、昭和五三年分五〇六万〇六五五円、同五四年分六五七万八二三七円、同五五年分六五三万五七九五円となる。

(二) 資産負債増減額による推計

(1) 被告は、原告提出の青色申告決算書記載の「資産負債調(貸借対照表)」に基づき、原告の係争年分の資産及び負債額を調査したところ、被告主張の額と原告主張の額に別表(一〇)記載のとおりの相違が生じた。右相違する被告の主張額の具体的内容は以下のとおりである。

(ア) 原告の預金、借入金(借入金及び長期借入金の合計)の内訳は、別表(一一)記載のとおりである。

(イ) 建物は、原告が昭和五三年七月二五日、青森市大字松森字佃二一〇番地四五に一一二〇万円(内八〇〇万円は青森銀行浪打支店から昭和五三年四月二四日に借入れたもの)で新築した居宅(事業用外に使用しているもの)である。

(ウ) 事業主貸は、原告の決算額に前記(一)(3)(ア)の青色事業専従者給与額の繰入額を加算し、事業専従者控除額を差引いて算出した額である。

(エ) 青色申告の特典である貸倒引当金及び価格変動準備金は、原告の青色申告の承認が取消されたことから係争年分の繰入れができなくなつた。

(オ) 昭和五四年分、同五五年分の元入金については、それぞれ同五三年分、同五四年分の被告主張の元入金に同年分の被告主張の所得金額を加え、同年分の被告主張の事業主貸を差引いて算出した額である。

(2) 別表(一〇)記載の被告主張の資産の部の合計額から負債の部の買掛金ないし元入金の額の合計額を差引くと、原告の係争年分の総所得金額は、昭和五三年分八三三万一三三四円、同五四年分六八一万四一四八円、同五五年分一二一一万〇八六七円となる。

(三) 以上のとおり、同業者比率法による推計及び資産負債増減法による推計によつて算出した原告の係争年分の総所得金額は、いずれも本件各更正処分の金額を上回つており、右金額の範囲内でされた本件各更正処分及び昭和五四年分の過少申告加算税賦課決定処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張事実のうち、1(四)の文書が郵送されてきたことを認め、その余は争う。

2  原告の反論

被告は、第一回目臨店(昭和五七年八月二五日)から第二回目臨店(同年九月九日)までの間に、原告の得意先を反面調査しており、本件調査は原告の協力が始めからないものと決めてのものであるから、違法である。また、原告が帳簿の提示をしているにもかかわらず、民商会員らしき者の立会では調査はできない等威圧的な態度での調査であるから、この意味でも違法である。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件青申取消、各更正及び賦課決定処分に至る経緯

<証拠略>によれば、以下の事実が認められ、<証拠略>中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告係官は、原告の所得税について調査を昭和四六年以来長期間実施したことがなかつたことから、係争年分の原告の申告所得金額が適正であるか否かについて調査の必要があると判断し、同五六年八月一九日、原告方に臨店し、原告が留守であつたので原告の妻三上照子に対し、身分証明書を示して、「係争年分の所得税について申告所得金額が正しいかどうかを調査するため臨店した。」旨告げたところ、右照子は原告が不在なので後日来てほしいと述べたので、その日の調査はそれで終了した。更に被告係官は、同日に原告から電話連絡を受けて打合わせたとおりの同月二五日に原告方に臨店し、原告に対して同様に身分証明書を示して、「係争年分の所得税について申告所得金額が正しいかどうかを調査するため臨店した。」旨告げたうえ、所得計算に必要な帳簿書類等の提示を求めたが、原告は民商会員一人を立会わせ、「申告所得金額が正しいかどうかという理由だけでは納得できない。もつと具体的な調査理由がなければ調査に応じられない。具体的な理由がないというのなら私以外の家庭電気器具販売店全部を調査した後で調査に応ずる。」等と発言し、調査に協力しなかつた。そこで、被告係官は、帳簿を見せてもらえなければ取引先等を調査せざるをえない旨告げたが、原告はそれでも調査に応じなかつた。

2  その後、被告係官は、昭和五六年九月九日、同月一六日、同年一一月四日にそれぞれ原告方に臨店し、原告に対して重ねて調査に協力するよう要請して帳簿書類の提示を求めたところ、原告は右九月九日及び一一月四日には民商会員を立会わせ、いずれの場合も被告係官が示した調査理由は具体的でなく納得できないとして調査を拒否し、帳簿書類等の提示をしないだけでなく、被告係官の所要の質問に対しても答えようとしなかつた。そして、右九月一六日に、被告係官は原告に対して、納税者は事前の調査日時の通知及び調査の理由の告知がなくても調査に応じる義務があり、税理士以外の立会いは許されない旨記載された「税金・申告と調査」と題するリーフレツトを手渡し、青色申告者が青色申告に係る帳簿書類を正当な理由がなく提示しない場合は青色申告の承認が取消される旨を説明して調査協力を要請した。なお、被告係官は、右のほか同年一〇月九日と同年一一月九日にも原告方に臨店しているが、いずれも原告は不在で、右一〇月九日には原告の従業員に過去の青色申告の取消に関する裁判例をパンフレツト的に抜粋したもののコピーを手渡し、調査に協力して帳簿を見せ青色申告の取消等がないよう希望する旨、右一一月九日には原告の従業員に、今まで何回か原告本人に話したが帳簿書類等の提示がないから青色申告の承認が取消されてしまうので帳簿書類を見せてほしい旨原告への伝言を依頼した。

3  更に、被告係官は、昭和五七年一月二〇日付で「帳簿書類の提示について」と題する文書を青森税務署長名で原告に送達し、青色申告者は所得税法一四八条一項の規定により関係帳簿書類を備付け、これに事業所得等の金額に係る取引金額を記録し、かつ、当該関係帳簿書類を保存しなければならない義務があること、これに反するときは所得税法一五〇条一項一号の規定により青色申告の承認が取消されることを教示したうえ、帳簿書類を提示して調査に協力されたい旨要請したが、連絡期日の同月二八日までに原告からの連絡はなかつた。

そして、右文書送達後の同年二月一七日、被告係官は原告方に臨店し、原告に帳簿書類の提示を重ねて要請したところ、原告は民商会員を立会わせ、帳簿を保管してある箱を示したり、帳簿を右係官の前でパラパラとめくつて見せただけで、帳簿書類の内容を確認させず、「この帳簿は第三者に見せるために書いたものではない。自分の財産だから他人に見せることはできない。」等と発言し、被告係官の調査に協力しようとせず、帳簿書類を提示しなかつた。

4  被告は、右のように原告が被告の再三にわたる調査に対し非協力的な態度をとり続けたのは、所得税法一四八条に規定する青色申告者の帳簿書類の備付け等が行われていないことになるので、同法一五〇条一項一号に該当するとして、前記一のとおり本件青申取消処分をし、その旨を原告に通知した。

その後は、前記一の経緯で各処分が行われた。

三  本件青申取消処分及び調査の適法性について

1  所得税法一五〇条一項の趣旨は、同法一四八条所定の帳簿書類について税務署長が同法二三四条に基づく調査をすることができることを前提に、その調査によつて右帳簿書類の備付け、記録および保存が正しく行われていることを確認できる場合に青色申告書の提出承認を与えるとの趣旨に出たものというべく、したがつて所得税法一四八条所定の帳簿書類の備付け、保存等とは、税務職員が必要に応じていつでも閲覧しうる状態にしておくことの意味内容を含むものと解すべきである。

本件において、原告が被告係官の再三の要求にもかかわらず、帳簿書類の提示をしなかつたことは前記二認定のとおりであるから、同法一五〇条一項一号に基づいて本件青申取消処分をした被告の行為は適法である。

2  また、所得税法二三四条一項にいう質問検査権の行使は、課税庁において適正な申告を担保し課税の公平適正な運用を図るためその行使が必要であると判断した場合は随時これをなしうるのであり、また実施の日時場所及びその事前通知並びに調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知も、質問検査を行うための法律上の要件とされているものではないし、これら通知、告知をしないで行うことが必要な場合のあることも否定できないから、これを欠いたからただちに調査が違法であるということはできず、本件調査について原告主張のごとき違法は存しない。

更に、原告は、被告が第一回目臨店(昭和五七年八月二五日)から第二回目臨店(同年九月九日)までの間に、原告の得意先を反面調査しており、本件調査は原告の協力が始めからないものと決めてのものであるから、違法である旨主張するけれども、反面調査を開始するか否か、その開始時期をいつとするかは、被告がその必要性を判断し、自由に決しうるものであるから、右反面調査の早期開始が本件調査の違法をもたらすものとは解しえず、原告の右主張も失当である。

したがつて、本件調査の手続を理由に本件青申取消処分、本件各更正処分及び昭和五四年分の賦課決定が違法となることはない。

四  原告の係争年分の総所得金額について

1  推計の必要性

前記二認定のとおり、被告係官が再三にわたり原告方に臨店する等して帳簿書類等の提示及び調査に対する原告の協力を求めたにもかかわらず、原告は終始これに応じなかつたのであるから、本件各更正処分の時点において原告の所得金額を推計する必要性が存したことは明らかである。

そして、前掲<証拠略>によれば、原告は審査請求の過程において昭和五三年及び同五四年分の帳簿書類等を提示せず、同五五年分については日計票、決算資料写及び給料支払明細書を提出したが、日計票については相当期間にわたつて現金残高の記載がなく、現金残高が相当期間マイナスとなる部分もあり、売上の記載漏れがあるのにその基礎となつた資料を提出せず、決算資料写についても右日計票に基づくものであり、給料支払明細書控についてはアルバイトに支払つた賃金が含まれていないことから、いずれも所得金額の計算資料とするには足りないものであることが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

また、原告の実額反証は、被告による推計課税の主張がなされた後遅滞なくなされなければならず、推計課税の立証が終つてから実額の主張、立証にとりかかることは許されないのであり(国税通則法一一六条)、本件訴訟において原告は、係争年分の所得算出の基礎となる売上金額、売上原価、必要経費等に関する実額の全体的主張をしないだけでなく、昭和五三年及び同五四年分の帳簿書類等を提出せず、同五五年分については日計票等を提出しているが、日計票の信ぴよう性については前記のとおりであり、これらが提出されたのは被告が本件各更正処分の基礎とされた事実につき立証がほぼ終了した同六〇年一二月一〇日の第九回口頭弁論期日であることから、右日計票を原告の所得金額の計算資料とすることはできない。

したがつて、原告の係争年分の所得金額の推計する必要性はなお存しているといわなければならない。

2  推計の合理性

被告は、原告の係争年分の所得金額について同業者比率法及び資産負債増減法による推計額を主張するのであるが、前者は後者よりも原告の申告額に近く原告に有利であること及び本件各更正処分の所得金額にも近いことから、原告の実額所得金額に近いものと推認されるので、以下同業者比率法による推計の合理性について判断する。

<証拠略>によれば、被告は、原告の係争年分の所得金額を推計するために、原告方店舗の所在する青森税務署管内と弘前税務署管内で、経営状態が正常で年間を通じて原告と同じ家庭電気器具小売等を営んでいる個人の青色申告者(国税通則法の規定に基づく不服申立がなされ現在審理中の者又は訴訟係属中の者を除く。)の中から、売上原価の額が原告の売上原価の額の半分ないし二倍の範囲内にある者を選定したところ、これに該当する同業者は昭和五三年分が六名、同五四年分が五名、同五五年分が四名あり、その平均売上原価率及び平均算出所得率を基に原告の所得金額を推計したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、同業者の立地条件の類似性については明らかでないが原告と同一あるいは近隣の地域にあること、事業規模は原告と同程度であり、したがつて特段の事情がない限り同程度の売上原価の額に対しては同程度の売上金額を得るのが家庭電気器具小売を業とする者の通例であること、右同業者は経営状態が正常で申告額が変動する可能性のある者が含まれておらず、帳簿の記帳等を義務づけられている青色申告者であるから、その売上金額及び売上原価は一応正確なものと推認されるので、これらを基に平均売上原価率及び平均算出所得率を出し、原告の所得金額を推計する方法は合理性を有するものということができる。

そして、前掲<証拠略>によれば、係争年分の類似同業者の売上(収入)金額、雑収入金額を除いた売上(収入)金額及び売上原価は別表(三)記載のとおりとなることが認められ、これらを基に平均売上原価率及び平均算出所得率を算出すれば、同表記載のとおりとなることが計算上明らかである。

3  仕入金額

<証拠略>によれば、被告が原告の取引先調査等によつて算出した係争年分の仕入金額は、昭和五三年分四二九八万二八七七円、同五四年分五三四八万四六六七円、同五五年分四六五八万六七五八円であり、その内訳は別表(二)記載のとおりであることが認められる。

4  売上原価

別表(三)記載のとおり、前記3の仕入金額によつて認められる原告の決算額による年初の棚卸高を加算し、年末の棚卸高を減算した金額であり、昭和五三年分四三八五万九八四二円、同五四年分五二五五万九〇七七円、同五五年分四五七九万二六三三円となる。

5  売上金額

右売上原価に前記2の類似同業者の係争年分の平均売上原価率を乗じた額であり、別表(四)〈C〉欄記載のとおりとなる。

6  算出所得金額

右売上金額に前掲<証拠略>によつて認められる別表(五)記載の原告の売上割戻し等の雑収入金額を加算して総売上(収入)金額を算出し、それに前記2の類似同業者の係争年分の平均算出所得率を乗じて算出所得金額を算出すると、別表(四)記載のとおりとなる。

7  支払利子・割引料、建物減価償却費及び地代家賃それぞれの被告主張額と前掲<証拠略>によつて認められる原告の決算額を対比すると、別表(六)記載のとおりとなり、<証拠略>によれば、支払利子・割引料の内訳は被告主張の別表(七)記載のとおりであることが認められる。したがつて、支払利子・割引料、建物減価償却費及び地代家賃の合計額は別表(六)合計被告主張額欄記載のとおりとなる。

8  事業専従者に係る必要経費と貸倒引当金及び価格変動準備金

(一)  事業専従者にかかる必要経費とみなされる額

原告は、前記一のとおり、本件青申取消処分を受け、原告が確定申告において必要経費に算入した原告の妻三上照子に係る青色事業専従者給与額も取消されたので、事業専従者控除額だけが係争年分の必要経費となる。

(二)  貸倒引当金及び価格変動準備金の額

前掲<証拠略>によつて認められる原告が青色申告の特典として昭和五二年分の必要経費を算入した貸倒引当金の額二五万八〇〇〇円及び価格変動準備金の額一六万三〇〇〇円は、所得税法五二条二項及び租税特別措置法一九条二項により同五三年分の総収入金額に算入されることとなる。

9  以上の結果、原告の係争年分の事業所得金額は、昭和五三年分五〇二万七五九五円、同五四年分六五二万五三六七円、同五五年分六二八万八五九五円となり、証人相馬正明の証言によつて認められる別表(九)記載の青森県信用組合浪打支店及び同小湊支店に預入れた原告の定期積立金に対する給付補てん金を加算すると、原告の係争年分の総所得金額は、昭和五三年分五〇六万〇六五五円、同五四年分六五七万八二三七円、同五五年分六五三万五七九五円となる。

したがつて、本件各更正処分は係争年分ともその総所得金額の範囲内でなされたものであるから適法であり、これを前提とする昭和五四年分の賦課決定処分も適法である。

五  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤清實 小林崇 中村俊夫)

別表 <略>

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